グローバル不平等是正への企業の役割:SDGs目標10と日本企業の戦略的アプローチ
はじめに:SDGs目標10「不平等をなくそう」の重要性
国際社会において、経済的・社会的・政治的な不平等の拡大は、持続可能な開発を阻害する深刻な課題として認識されています。SDGs目標10「人や国の不平等をなくそう」は、このような不平等を是正し、インクルーシブな社会を実現することを目的としています。所得格差、機会の格差、地域間格差、性別・年齢・障害・民族・経済的地位等による差別など、不平等の形態は多様であり、その複雑な相互作用がさらなる課題を生み出しています。
企業活動は、直接的または間接的に不平等に影響を与える可能性があります。雇用創出や経済活動の活性化を通じて不平等を縮小する側面がある一方で、サプライチェーンにおける労働搾取、非正規雇用問題、アクセシビリティの欠如などが不平等を拡大させるリスクも存在します。企業のSDGs推進担当者にとって、この目標10は単なる社会貢献の枠を超え、持続可能な事業運営とリスク管理、そして新たなビジネス機会の創出という観点から、戦略的に取り組むべき重要課題となっています。本稿では、グローバルな不平等是正に向けた国際的な潮流と、日本の現状・課題を踏まえ、日本企業が取るべき具体的な戦略的アプローチについて詳細に解説します。
世界の潮流:高まる不平等是正への圧力と企業への期待
グローバルレベルでは、富裕層と貧困層の所得・資産格差の拡大、先進国と途上国間の経済格差、デジタルデバイドなどが深刻化しています。こうした状況に対し、国際機関や各国政府、市民社会からの不平等是正への圧力と、企業に対する期待が高まっています。
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国際機関・政府の動向: 国連やOECDは、不平等の是正を開発政策の中心課題として位置づけ、各国に政策対応を促しています。また、人権デューデリジェンスに関する国際的なガイドライン(国連ビジネスと人権に関する指導原則など)の遵守が強く求められており、これはサプライチェーンにおける不平等(強制労働、児童労働、不当な低賃金など)への企業の責任を問うものです。欧州を中心に、人権・環境デューデリジェンスを義務化する法制化の動きが進展しており、グローバルに事業を展開する日本企業にとって無視できない潮流となっています。
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投資家・ESG評価機関の動向: 投資家は、企業の不平等への取り組みをESG(環境・社会・ガバナンス)評価の重要な要素として注視しています。「社会」(S)の側面において、労働慣行、人権、地域社会への影響、多様性・包容性(Diversity & Inclusion: D&I)などが評価項目に含まれます。不平等に対する企業の姿勢や具体的な施策が、企業価値やレピュテーションに影響を与えるとの認識が広がっています。主要なESG評価機関も、従業員の賃金水準、正規・非正規間の待遇差、役員報酬と一般社員給与の比率、女性役員比率、障がい者雇用率、ハラスメント対策、サプライチェーンにおける労働基準遵守状況など、不平等に関連する様々な指標の開示と改善を企業に求めています。
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消費者の意識変化: 倫理的な消費への関心が高まる中で、消費者は製品やサービスがどのように生産されているか、企業が社会に対してどのような責任を果たしているかに関心を持つようになっています。フェアトレード製品の購入、人権侵害に関与する企業への批判、多様性を尊重する企業への支持など、消費者の購買行動や評判形成において、企業の不平等への取り組みが影響を与え始めています。
日本の現状と課題:国内・グローバル両面からの視点
日本国内においても、不平等に関する課題は存在します。非正規雇用の増加に伴う所得格差の拡大、地域間の経済格差、性別役割分業意識や非識字などに起因する機会の不平等、高齢化社会における世代間格差などが挙げられます。特に、女性や高齢者、障がい者、性的マイノリティ、外国人材などの多様な人々が十分に活躍できる機会が限られている現状は、人的資本の最大化という観点からも課題となっています。
グローバルに事業を展開する日本企業は、海外のサプライチェーンや事業拠点において、より複雑で深刻な不平等関連のリスクに直面する可能性があります。例えば、途上国における労働者の権利侵害、地域住民の土地利用権問題、貧困層へのアクセス向上といった課題です。これらの問題は、企業のレピュテーションリスクや訴訟リスクに直結するだけでなく、サプライチェーンの分断や事業継続性の危機につながる可能性もあります。
日本企業の不平等是正への取り組みは、一部先進的な事例も見られますが、全体としてはまだ十分とは言えません。賃金格差の是正や非正規雇用の待遇改善、D&I推進は進みつつあるものの、グローバルサプライチェーン全体での人権・労働基準の徹底や、海外事業における地域社会への貢献といった観点では、国際的な期待水準に達していない企業も少なくありません。また、不平等に関連する具体的な目標設定や、取り組みの成果を定量的に把握し、開示する体制もまだ十分とは言えない状況です。
企業の取るべき戦略的アプローチ
企業のSDGs推進担当者は、SDGs目標10の達成に向けて、以下の戦略的なアプローチを検討する必要があります。
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不平等に関連するリスクと機会の特定・評価: 自社のバリューチェーン全体(原材料調達から製造、販売、消費、廃棄まで)において、どのような不平等のリスク(例:サプライヤーにおける低賃金、児童労働リスク、販売地域における貧困層のアクセス制限)が存在するかを特定し、その影響度や発生可能性を評価します。同時に、不平等を是正することで生まれるビジネス機会(例:アクセシブルな製品・サービスの開発、貧困層を対象としたビジネス、多様な人材の活用によるイノベーション創出)も特定します。人権デューデリジェンスのプロセスを構築・強化することが有効です。
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具体的な目標設定と計画策定: 特定したリスクと機会に基づき、定量的な目標を設定します。例えば、「サプライヤーへの倫理的労働基準監査の実施率を〇〇%に引き上げる」「非正規社員の正規社員転換率を〇〇%にする」「女性管理職比率を〇〇年までに〇〇%にする」「特定の地域社会における教育機会へのアクセス改善に貢献するプロジェクトを実施する」といった具体的な目標が考えられます。これらの目標達成に向けた具体的な行動計画を策定し、担当部署や予算を明確にします。
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社内プラクティスの改善:
- 雇用・労働慣行: 公正な採用・評価制度の構築、同一労働同一賃金の実現、多様な働き方の推進、ハラスメント防止策の徹底、従業員エンゲージメントの向上など。
- 多様性・包容性(D&I): 性別、年齢、障がい、性的指向、国籍、経験などの多様性を尊重し、誰もが能力を発揮できる組織文化と制度を構築。多様な人材の採用促進、育成、登用。
- 従業員ウェルビーイング: 適正な労働時間管理、心身の健康サポート、ワークライフバランス支援など。
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サプライチェーンにおける取り組み: サプライヤーに対し、人権・労働基準の遵守を求める行動規範(Code of Conduct)を設定し、その遵守状況をモニタリングします。監査の実施、キャパシティビルディング支援、リスクの高いサプライヤーとの対話などを通じて、サプライチェーン全体での不平等リスクの低減を図ります。
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製品・サービスを通じた貢献: 不平等が課題となっている人々(例:低所得者層、障がい者、高齢者、地理的に孤立した人々)のニーズに応える製品やサービスを開発・提供します。アクセシビリティの向上、手頃な価格設定、必要とする情報へのアクセス提供などが含まれます。
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地域社会への貢献: 事業活動を行う地域社会における不平等の課題(教育、医療、インフラ、雇用など)に対し、企業の資源(資金、技術、人材)を活用して貢献します。NPO/NGOや地方自治体との連携(マルチステークホルダー・パートナーシップ)が効果的です。
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情報開示とステークホルダーとの対話: 不平等是正に向けた自社の目標、取り組み、進捗状況、課題などを、サステナビリティ報告書やウェブサイト等で積極的に開示します。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のようなフレームワークはまだありませんが、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)基準などが不平等に関連する社会指標の開示に関するガイダンスを提供しています。投資家、従業員、顧客、地域社会などのステークホルダーとの対話を通じて、取り組みの改善を図ります。
展望:不平等是正と企業競争力
不平等の是正は、企業の社会的な責任であるだけでなく、持続可能な事業成長にとって不可欠な要素となりつつあります。不平等を放置することは、社会不安の増大、購買力の低下、労働力不足、サプライチェーンリスクの高まり、レピュテーションの毀損などを招き、長期的な企業価値を損なう可能性があります。
一方で、不平等是正に積極的に取り組む企業は、多様な人材によるイノベーションの創出、従業員のエンゲージメント向上、強固なサプライチェーンの構築、新たな市場の開拓、ブランド価値向上といった競争優位性を獲得できる機会があります。特に日本企業がグローバル市場で勝ち残るためには、国際的な人権・労働基準に対する高いレベルの遵守と、多様な社会課題解決への貢献がこれまで以上に求められます。
結論
SDGs目標10に示される不平等の是正は、複雑で多岐にわたる課題であり、一企業だけで解決できるものではありません。しかし、企業は自らの事業活動が不平等に与える影響を認識し、リスクを管理するとともに、積極的な貢献策を講じる責任と機会を有しています。
本稿で述べたような戦略的なアプローチを通じて、不平等是正を経営戦略の中核に位置づけることは、企業の持続可能性を高め、グローバル社会における信頼と評価を確立するために不可欠です。企業のSDGs推進担当者には、社内外のステークホルダーと連携しながら、データに基づいた現状分析と具体的な目標設定を行い、継続的な取り組みを推進することが求められています。不平等なき社会の実現は、企業自身の未来のためにも重要な投資と言えるでしょう。