ディープSDGs:世界の潮流と日本の現実

再生可能エネルギー調達の国際潮流:企業の脱炭素戦略と日本市場の課題

Tags: 再生可能エネルギー, 脱炭素, RE100, コーポレートPPA, 気候変動対策, エネルギー政策

はじめに:脱炭素化の鍵を握る再生可能エネルギー調達

地球温暖化対策として、温室効果ガス排出量削減は喫緊の課題であり、その中心的な手段の一つがエネルギー源の転換、特に再生可能エネルギーの導入拡大です。企業活動における電力消費は排出量の大きな割合を占めることが多く、再生可能エネルギー由来の電力を調達することは、企業の脱炭素目標(例:SBT - Science Based Targets)達成に向けた不可欠な要素となっています。SDGsにおいても、目標7「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」や目標13「気候変動に具体的な対策を」の達成に直接的に貢献する活動です。

近年、企業の再生可能エネルギー調達に対する関心は世界的に高まっており、これには気候変動リスクへの対応、エネルギーコストの安定化、企業イメージ向上、サプライチェーンからの要請など、様々な要因があります。企業のSDGs推進担当者にとって、この再生可能エネルギー調達を取り巻く国際的な潮流を理解し、自社の戦略にどう落とし込むかは重要な課題となっています。

世界の再生可能エネルギー調達の潮流

世界的に見ると、企業の再生可能エネルギー調達は急速に拡大しています。特に、RE100のような国際的なイニシアティブへの参加企業が増加しており、これらの企業は使用電力の100%再生可能エネルギー化を目指しています。RE100参加企業は世界で400社を超え(2023年末時点)、これらの企業は再エネ調達のための多様な手法を活用しています。

主要な調達手法としては、以下のものが挙げられます。

  1. 自己託送・自家消費: 敷地内に太陽光発電設備などを設置し、自社で消費する。または、離れた場所に設置した発電所から送配電網を通じて自社拠点に電力を供給する(自己託送)。設備投資が必要ですが、長期的なコスト削減や安定供給に繋がる可能性があります。
  2. 電力購入契約(PPA:Power Purchase Agreement): 発電事業者と電力購入者(企業)が長期的な電力購入契約を結ぶ手法です。
    • オンサイトPPA: 企業の敷地内に発電事業者が設備を設置し、企業はその場所で発電された電力を購入・消費します。
    • オフサイトPPA(フィジカルPPA): 企業の敷地から離れた場所に設置された発電所から、送配電網を通じて電力を購入します。特定の発電所と紐づくため、追加性(市場に新たな再エネ容量を増やす効果)が高いとされています。
    • バーチャルPPA(VPPA): 発電事業者と企業の間で、市場価格と固定価格の差額決済を行う金融契約です。物理的な電力供給は伴いませんが、再エネ発電事業への資金供給を通じて、再エネ導入拡大に貢献できます。特に大規模な調達に適しており、欧米で広く普及しています。
  3. 再生可能エネルギー証書等の購入: 発電によって生み出された環境価値を切り離し、証書として取引するものです。非化石証書、I-REC、または電力小売事業者が提供する再エネメニューの購入などがこれに該当します。手軽に導入できる反面、追加性への寄与が低いと見なされる場合もあります。

欧米では、これらの調達手法、特にPPA市場が成熟しており、多くの企業が大規模な再エネ調達を長期契約で行っています。政策面でも、再エネ導入を促進するための様々なインセンティブや規制が整備されており、企業による再エネ調達を後押ししています。

日本の現状と企業が直面する課題

一方、日本の再生可能エネルギー調達市場は、世界と比較すると発展途上にあります。政府は2030年度のエネルギーミックス目標において、再エネ比率を36〜38%とする目標を掲げていますが、企業の再エネ調達においては以下のような課題が存在します。

  1. 再エネ電源の確保: 需要に対して、大規模かつ安定的な再エネ電源の供給が十分ではありません。適地制約、環境アセスメント、地域住民との合意形成などに時間がかかります。
  2. 系統制約: 再エネ発電設備の設置場所と電力消費地の間に送電容量の制約があるため、再エネを大量に導入しても送電できない、または系統接続に多額の費用がかかるケースがあります。これは特に東北や北海道といった再エネポテンシャルの高い地域で顕著です。
  3. 調達コスト: 再エネ電力のコストは低下傾向にありますが、依然として化石燃料由来の電力と比較して高くなるケースがあります。特に固定価格買取制度(FIT)で認定された古い電源は、現在の市場価格と乖離がある場合があります。
  4. PPA市場の未成熟: オフサイトPPAやコーポレートPPAの仕組みが、契約形態、会計処理、法制度などの面で十分に整備されておらず、普及が進んでいません。VPPAに至っては、日本国内ではほとんど事例がありません。
  5. 証書等の課題: トラッキング付き非化石証書は特定の発電所と紐づけることが可能ですが、非FIT非化石証書の取引量は限られています。また、J-クレジットも再エネ由来のものがありますが、市場規模や供給量に課題があります。これらの証書は追加性への評価が分かれる場合もあり、RE100などの国際基準を満たすためには、より質の高い再エネ調達が求められます。
  6. 情報開示の複雑さ: 調達した再エネの環境価値を適切にトラッキングし、CDPやTCFDといったフレームワークで開示するための情報収集・管理にも課題があります。

これらの課題は、RE100など国際的な目標を掲げる日本企業にとって、目標達成のハードルを高める要因となっています。

日本企業が取るべき実践的なアプローチ

このような状況下で、日本企業が脱炭素戦略としての再生可能エネルギー調達を推進するためには、多角的なアプローチが求められます。

  1. 多様な調達手法の組み合わせ検討: 自社の拠点立地、電力消費パターン、投資余力などを踏まえ、自家消費、オンサイトPPA、オフサイトPPA、トラッキング付き非化石証書購入、電力会社からの再エネメニュー契約などを組み合わせて検討することが現実的です。特に、長期的に安定したコストで大量の再エネを確保するためには、PPA契約の活用を積極的に検討する必要があります。
  2. サプライヤー連携の強化: 自社だけでなく、サプライチェーン全体での脱炭素化が求められています。主要なサプライヤーに対して再エネ導入を働きかけたり、共同での再エネ調達スキームを構築したりすることが有効です。
  3. 政策提言への積極的な関与: 再エネ市場の発展には、系統増強、PPA契約の制度整備、再エネ促進策の拡充など、政策面での改善が不可欠です。業界団体等を通じて、政府や関係機関への働きかけに積極的に参加することも企業の役割です。
  4. 新しい技術・サービスの活用: 蓄電池システムによる電力の需給調整、AIを活用したエネルギーマネジメント、ブロックチェーン技術を用いた再エネトラッキングなど、新しい技術やサービスは再エネ活用の可能性を広げます。これらの導入可能性を検討し、実証事業等にも参画することが考えられます。
  5. 質の高い情報開示: 調達した再エネの種別(太陽光、風力など)、地理的情報、追加性への寄与度など、詳細な情報を開示することで、ステークホルダーからの信頼を得ることができます。CDPやTCFDのフレームワークに基づいた開示を進めることが重要です。

結論:再エネ調達は競争力強化への戦略投資

再生可能エネルギー調達は、単なる環境対策コストではなく、気候変動リスクの回避、エネルギーコストの安定化、ブランド価値の向上、従業員のエンゲージメント向上など、企業の競争力強化に繋がる戦略的な投資です。

確かに、日本市場には独自の課題が存在しますが、これらの課題を理解し、多様な調達手法を組み合わせ、ステークホルダーと連携しながら戦略的に取り組むことで、着実に脱炭素目標に近づくことが可能です。国際的な潮流を踏まえ、自社の事業特性に合わせた最適な再エネ調達戦略を構築し、持続可能な社会の実現に貢献していくことが、企業のSDGs担当者に求められています。