ディープSDGs:世界の潮流と日本の現実

責任ある鉱物調達の国際潮流:グローバル規制・イニシアチブと日本企業の戦略

Tags: SDGs, サプライチェーン, 責任ある調達, 人権, ESGデューデリジェンス, 鉱物

はじめに:高まる責任ある鉱物調達の重要性

企業のサプライチェーンにおける人権、環境、ガバナンス(ESG)に関する課題は、近年ますます注目を集めています。特に、電子機器、自動車、宝飾品など、様々な製品に不可欠な鉱物の調達においては、紛争への資金提供、児童労働、劣悪な労働環境、環境破壊といった深刻なリスクが指摘されており、国際社会における企業の責任が強く問われるようになっています。

責任ある鉱物調達は、単にリスクを回避するだけでなく、サプライチェーンの透明性を高め、持続可能な経済活動を推進する上で不可欠な取り組みとなっています。SDGsの観点からは、目標8(働きがいも経済成長も)、目標10(人や国の不平等をなくそう)、目標12(つくる責任つかう責任)、目標16(平和と公正をすべての人に)など、複数の目標達成に貢献するものです。

本稿では、この責任ある鉱物調達に関する世界の最新動向、主要なグローバル規制やイニシアチブ、そしてそれらに対する日本企業の現状と課題、取るべき戦略について専門的な視点から解説します。

世界の潮流:規制強化と自主的イニシアチブの広がり

責任ある鉱物調達に関する国際的な取り組みは、コンゴ民主共和国および周辺国からの特定の鉱物(スズ、タンタル、タングステン、金:いわゆる3TG)が武装勢力の資金源となっていた問題(紛争鉱物問題)を契機に本格化しました。

主要な国際ガイダンスと規制動向

最も影響力のあるフレームワークの一つが、経済協力開発機構(OECD)が発行する「紛争地域および高リスク地域からの鉱物の責任あるサプライチェーンのためのデューデリジェンス・ガイダンス(OECDデューデリジェンス・ガイダンス)」です。これは、企業が鉱物サプライチェーンにおける潜在的なリスクを特定し、評価し、対処するための具体的な手順を示しており、世界中の企業やイニシアチブの規範となっています。

具体的な規制としては、米国のドッド・フランク法第1502条が紛争鉱物規制の先駆けとなりました。これに続き、欧州連合(EU)では2021年1月より「紛争鉱物規則」が施行され、EU域内へ特定の鉱物を輸入する企業に対し、OECDガイダンスに沿ったデューデリジェンスの実施と情報開示を義務付けています。さらに、より広範な人権・環境デューデリジェンスを企業に求める法制化の動きがドイツ、フランス、ノルウェー、そしてEU全体で進展しており、これらの規制が鉱物サプライチェーンにも影響を及ぼすことは避けられません。

業界イニシアチブの活動

規制の動きと並行して、業界主導の自主的なイニシアチブも活発です。代表的なものにResponsible Minerals Initiative(RMI)があります。RMIは、3TGに加えてコバルトやマイカなど対象鉱物を拡大し、サプライチェーンにおけるリスク評価ツールや、製錬所・精製所向けの第三者監査プログラム(Responsible Minerals Assurance Process: RMAP)などを提供しています。これらのイニシアチブは、企業が自社のサプライチェーンを調査し、リスクに対処するための実践的な手段を提供しています。

また、トレーサビリティ技術の発展も重要な潮流です。ブロックチェーン技術などを活用し、鉱物の採掘地点から製品になるまでの経路を追跡する試みが進められており、サプライチェーンの透明性向上に貢献すると期待されています。

日本の現状と課題

グローバルな規制強化やイニシアチブの広がりに対し、多くの日本企業も対応を進めています。特に電機、自動車といった関連産業では、海外顧客からの要求や国際基準への適合が求められるため、責任ある鉱物調達への取り組みが比較的進んでいます。

日本企業の取り組み状況

主要な上場企業を中心に、責任ある鉱物調達に関する方針を策定し、サプライヤーに対して調査を実施する企業が増加しています。OECDガイダンスやRMIなどのフレームワークを参照し、自社のサプライチェーンにおけるリスク評価やデューデリジェンス体制の構築に取り組んでいます。一部の企業は、サプライヤーとの対話や能力向上支援にも着手しています。

また、日本においても業界団体が会員企業向けに情報提供や研修、ガイドラインの策定などを行い、業界全体の取り組みを支援しています。

日本企業が直面する課題

一方で、責任ある鉱物調達の実効性を確保するためには、依然としていくつかの課題が存在します。

  1. サプライチェーンの把握とリスク評価の困難さ: 鉱物サプライチェーンは多層的かつ複雑であり、川上まで遡ってリスクを特定することは容易ではありません。特に中小のサプライヤーを含めた全体の可視化には限界があります。
  2. デューデリジェンス実施能力の不足: サプライチェーン全体に対して網羅的かつ継続的なデューデリジェンスを実施するには、専門的な知識、人員、コストが必要です。特に中小企業にとっては大きな負担となり得ます。
  3. 情報収集の限界: サプライヤーからの情報提供が得られにくい場合や、提供された情報の信頼性を確認する難しさがあります。
  4. 是正措置の効果: リスクが特定された場合に、サプライヤーと協力して効果的な是正措置を実施するためのノウハウや影響力に差があります。
  5. コストとリソース: デューデリジェンス体制の構築や維持には相応のコストとリソースが必要であり、特にグローバルに展開する企業にとっては経営課題の一つとなっています。
  6. 国内サプライヤーへの展開: 海外規制対応を優先するあまり、国内のサプライヤーに対して責任ある調達の考え方や要請が十分に浸透していないケースも見られます。

これらの課題は、企業が単独で解決することが難しいものも多く、業界内での協働や、サプライヤーとの関係構築が重要となります。

日本企業が取るべき戦略

グローバルな潮流に対応し、責任ある鉱物調達を企業の持続可能性と競争力強化に繋げるためには、戦略的なアプローチが必要です。

1. 方針の明確化と経営層のコミットメント

まず、企業として責任ある鉱物調達に取り組む方針を明確に定め、これを経営層がコミットすることが不可欠です。方針は社内外に公表し、サプライヤーにも伝える必要があります。

2. サプライチェーンのマッピングとリスク評価の深化

自社の製品に使用される鉱物がどこから、どのような経路で調達されているかを可能な限り詳細に把握します。OECDガイダンスのリスク指標などを参考に、各段階での人権、環境、ガバナンスに関するリスクを評価します。主要なサプライヤーに対しては、より踏み込んだ調査や第三者監査の実施を検討します。

3. 実効性のあるデューデリジェンス体制の構築

方針に基づき、リスク評価で特定されたリスクに対処するためのデューデリジェンス体制を構築します。これには、サプライヤーへのアンケート、情報収集、リスクの高いサプライヤーに対する現地確認や是正計画の要求などが含まれます。第三者機関のサービスや、RMIなどの業界イニシアチブが提供するツールを活用することも有効です。

4. サプライヤーとの協働と能力向上支援

責任ある鉱物調達は、サプライヤーとの協力なしには実現できません。方針や期待事項を明確に伝え、デューデリジェンスへの協力を求めます。リスクが特定されたサプライヤーに対しては、一方的な関係解消ではなく、是正に向けた計画策定や能力向上支援を検討するなど、対話に基づいたエンゲージメントを行うことが重要です。

5. 業界イニシアチブへの積極的な参加

単独での対応が難しいサプライチェーン全体のリスクに対処するため、RMIなどの業界イニシアチブに積極的に参加し、他の企業や関係者と情報共有や協働を行うことが有効です。共通のツールやプログラムを活用することで、デューデリジェンスの効率を高めることができます。

6. 情報開示の強化

取り組みの透明性を高めるために、責任ある鉱物調達に関する方針、デューデリジェンスの実施状況、特定されたリスクとその対処状況などを、サステナビリティ報告書やウェブサイトで適切に開示します。これにより、顧客や投資家からの信頼獲得に繋がります。

7. 事業機会としての捉え方

責任ある鉱物調達は、新たな事業機会を創出する可能性も秘めています。例えば、リサイクルや都市鉱山の活用、環境負荷の低い採掘技術の開発など、持続可能な資源利用に関する技術やサービスへの投資は、今後の成長分野となる可能性があります。責任ある調達を推進することで、企業のブランドイメージ向上や製品差別化にも繋がります。

今後の展望

責任ある鉱物調達に関する国際的な要求は、今後さらに厳格化・拡大していくと予想されます。対象となる鉱物の種類が増加し、デューデリジェンスの対象範囲もサプライヤーのさらに川上へと広がっていく可能性があります。また、トレーサビリティ技術の進化や、AIを活用したリスク特定・評価ツールなども普及し、デューデリジェンスの効率と精度が向上するでしょう。

日本企業にとっては、これらのグローバルな変化に迅速かつ戦略的に対応することが、国際市場での競争力を維持・向上させる上で不可欠です。サプライチェーンにおける責任を果たすことは、単なるコストではなく、企業価値創造の重要な要素として位置づけられるべきです。SDGs達成への貢献としても、その重要性は増していくと考えられます。

まとめ

責任ある鉱物調達は、グローバル企業にとって避けて通れない重要な課題です。世界の潮流は規制強化と自主的イニシアチブの連携による実効性向上へと向かっています。日本企業は、これらの動向を正確に把握し、自社のサプライチェーンにおけるリスクを深く理解した上で、実効性のあるデューデリジェンス体制を構築し、サプライヤーを含む関係者との協働を強化する必要があります。

責任ある鉱物調達への戦略的な取り組みは、リスクの低減に加えて、企業のレピュテーション向上、ステークホルダーからの信頼獲得、そして持続可能なビジネスモデルの構築に貢献し、SDGs達成に向けた重要な一歩となります。