ディープSDGs:世界の潮流と日本の現実

SDGs目標13達成に向けた気候変動緩和策:企業の排出削減目標、技術開発の国際潮流と日本企業の戦略・課題

Tags: SDGs, 気候変動, 緩和策, 排出削減, SBT, GX

はじめに:気候変動緩和策と企業に求められる役割

SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」は、地球温暖化の深刻化に対処するための国際的な取り組みを強化することを求めています。この目標の達成には、温室効果ガス(GHG)排出量を大幅に削減する「緩和策(Mitigation)」が不可欠です。パリ協定が定める世界の平均気温上昇を1.5℃または2℃未満に抑えるためには、社会全体の脱炭素化が喫緊の課題であり、特に企業はその事業活動を通じて大量の排出を伴うため、緩和策において極めて重要な役割を担っています。

企業の気候変動緩和への貢献は、単なる社会貢献活動ではなく、事業継続性、競争力強化、レピュテーション維持、新たな事業機会の創出といった側面から、企業の長期的な価値創造に不可欠な要素となっています。しかし、グローバルな脱炭素潮流の中で、企業がどのように野心的な目標を設定し、具体的な緩和策を実行していくかは複雑な課題を含んでいます。

本稿では、SDGs目標13の核となる気候変動緩和策に関し、企業の排出削減目標設定や技術開発に関する世界の最新動向を概観し、それらを踏まえた日本企業の現状、直面する課題、そして取るべき戦略的なアプローチについて専門的な視点から詳細に解説します。

気候変動緩和策に関する国際的な枠組みと潮流

気候変動緩和策は、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)およびその下の京都議定書、そしてパリ協定といった国際的な枠組みの中で推進されてきました。特にパリ協定は、全ての国に対し、国が決定する貢献(NDC)を通じて排出削減目標を自主的に設定・提出することを義務付けており、これにより世界の脱炭素化に向けた動きが加速しています。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書は、科学的知見に基づき、GHG排出量削減の必要性と各セクターにおける削減ポテンシャルを示唆しており、緩和策の根拠となっています。最新の第6次評価報告書では、1.5℃目標達成のためには、2030年までに世界のGHG排出量を2019年比で約43%削減し、2050年頃にはネットゼロ(実質ゼロ)を達成する必要があることが強調されました。

こうした国際的な科学的目標と政策動向を受け、企業においても排出削減に向けた取り組みが世界的に加速しています。特に顕著な潮流として以下の点が挙げられます。

  1. 野心的な排出削減目標の設定: 多くのグローバル企業が、自社の事業活動だけでなく、サプライチェーン全体(Scope 1, 2, 3)を含む排出量について、科学的根拠に基づいた目標(Science Based Targets: SBT)を設定し、さらに2050年までのネットゼロ目標を掲げています。SBTイニシアティブ(SBTi)は、企業の目標がパリ協定と整合しているかを検証・認定する枠組みとして、その重要性を増しています。
  2. 脱炭素技術への投資と開発: 再生可能エネルギー、エネルギー効率改善技術、カーボンキャプチャー・利用・貯留(CCUS)、水素・アンモニア、バイオテクノロジーなど、気候変動緩和に資する技術への研究開発投資および導入が加速しています。政府によるグリーン投資促進策や、企業のイノベーションへのコミットメントがこの動きを後押ししています。
  3. バリューチェーン排出削減の強化: 自社直接排出(Scope 1, 2)だけでなく、サプライチェーン上流・下流における間接排出(Scope 3)の算定・削減が不可欠であるとの認識が広まっています。サプライヤーとの連携、製品設計の見直し、物流効率化など、バリューチェーン全体での排出削減に向けた取り組みが強化されています。
  4. 気候関連財務情報開示の拡充: TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言への賛同が世界的に広がり、気候変動が企業財務に与えるリスクと機会に関する情報開示が進んでいます。これにより、投資家は企業の気候変動対応リスクを評価し、緩和策への取り組みを投資判断の重要な要素として考慮するようになっています。

日本の現状と課題:世界の潮流との比較

日本政府は、「2050年カーボンニュートラル」および「2030年度に2013年度比でGHGを46%削減、さらに50%の高みに向け挑戦」という野心的な目標を掲げ、GX(グリーントランスフォーメーション)推進法を制定するなど、政策面での対応を進めています。企業も目標設定や再エネ導入などの取り組みを開始しています。

しかし、世界の最先端を行く企業群と比較すると、日本企業の気候変動緩和に関する現状にはいくつかの課題が見られます。

  1. 排出削減目標の野心度とScope 3対応: SBTiに認定された日本企業数は増加していますが、欧米企業と比較すると絶対数および大企業における比率において遅れが見られます。特にScope 3排出量の算定・削減への取り組みは、まだ一部の先進企業に限られているのが現状です。複雑なサプライチェーンを持つ日本企業にとって、Scope 3削減は大きな課題となります。
  2. 脱炭素技術の開発・導入速度: 日本は環境技術において高いポテンシャルを持つ一方、脱炭素社会の実現に不可欠な一部の技術(例:洋上風力発電、CCUSの実用化・社会実装)においては、国際的な競争力の強化が必要です。また、既存インフラの脱炭素化(例:電力系統、産業インフラ)には巨額の投資と技術的なブレークスルーが求められます。
  3. 公正な移行(Just Transition)への配慮: 石炭火力発電の段階的廃止や産業構造の転換は、地域経済や雇用に影響を与えます。脱炭素化を進める上で、影響を受ける人々やコミュニティへの公正な配慮(雇用の確保、再訓練支援、地域経済の活性化など)は避けて通れない課題ですが、企業レベルでの具体的な取り組みはまだ緒に就いたばかりです。
  4. 資金調達と情報開示: グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンといったサステナブルファイナンス市場は拡大していますが、大規模なGX投資に見合う資金調達メカニズムの構築が求められます。また、TCFD提言に基づく情報開示は進展していますが、その質や、リスク・機会を事業戦略に統合して示す深度においては、さらなる向上が必要です。

日本企業が取るべき戦略的アプローチ

グローバルな気候変動緩和の潮流の中で、日本企業が持続的な成長を遂げるためには、以下の戦略的なアプローチが不可欠です。

  1. 野心的な排出削減目標の設定とバリューチェーンでの実行:
    • 自社およびサプライチェーン全体(Scope 1, 2, 3)のGHG排出量を正確に算定・可視化します。
    • 科学的根拠に基づいた中長期の排出削減目標(SBT、ネットゼロ目標)を設定し、経営戦略と連動させます。
    • サプライヤー、顧客との対話を通じて、バリューチェーン全体での排出削減に向けた協働体制を構築します。
  2. 脱炭素技術への戦略的投資とイノベーション:
    • 事業活動におけるエネルギー効率改善、再生可能エネルギー導入を加速します。
    • 自社の事業領域に関連する脱炭素技術(例:省エネ技術、新たな素材、循環型ビジネスモデル)の研究開発や実証実験に投資します。
    • スタートアップや研究機関との連携、オープンイノベーションを通じて、技術開発を加速させます。
  3. 公正な移行を意識した事業再構築と人材戦略:
    • 脱炭素化に伴う事業構造の変化を見据え、影響を受ける部門や地域における公正な移行への配慮を経営課題として捉えます。
    • 従業員への再教育・リスキリング機会の提供、新たな事業分野での雇用創出など、人材への投資を強化します。
    • 地域社会や自治体との連携を通じて、公正な移行に向けた対話と協働を推進します。
  4. サステナブルファイナンスの活用と情報開示の強化:
    • 脱炭素投資に必要な資金を、グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンなど多様なサステナブルファイナンス手法で調達します。
    • TCFD提言に基づき、気候変動が事業に与えるリスクと機会、およびそれに対応する戦略、目標、指標、ガバナンス体制について、具体的かつ質の高い情報を開示し、投資家やステークホルダーとの信頼関係を構築します。

まとめ

気候変動緩和は、SDGs目標13達成の中核であり、企業にとっては避けて通れない経営課題です。世界の潮流は、野心的な排出削減目標の設定、脱炭素技術への投資、バリューチェーン全体での排出削減、そして透明性の高い情報開示へと明確に向かっています。

日本企業は、こうした国際的な動きを深く理解し、自社の事業特性と照らし合わせながら、単なる法令遵守やリスク管理に留まらない、より戦略的かつ統合的な緩和策を推進していく必要があります。科学的根拠に基づいた目標設定、革新的な技術開発への投資、バリューチェーン全体での協働、そして公正な移行への配慮は、脱炭素社会への移行期において、日本企業が持続可能な競争力を確立し、SDGs達成に貢献するための鍵となるでしょう。企業のSDGs推進担当者には、こうしたグローバルな潮流と日本の現状を踏まえ、自社の緩和戦略を具体的に推進していくことが求められています。