SDGs目標7達成に向けたエネルギーアクセス:世界の課題と企業機会、日本企業の戦略
はじめに:SDGs目標7「エネルギーアクセス」の重要性
エネルギーへのアクセスは、人々の生活の質向上、経済成長、教育、健康、そして気候変動対策など、SDGsの他の多くの目標達成のための基盤となります。SDGs目標7は、「すべての人々に安価かつ信頼できる、持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」ことを掲げており、これは単に電気が使えるようになるというだけでなく、クリーンな調理燃料へのアクセスや、エネルギー効率の改善、再生可能エネルギーの利用拡大といった側面も内包しています。
しかし、現在でも世界には約7億3,300万人が電力にアクセスできておらず(IEA, 2022年)、約24億人が薪や炭などの非効率で不健康な燃料を用いて調理を行っています。これらのエネルギー貧困は、開発途上国、特にサハラ以南のアフリカや南アジアの農村部で深刻な課題となっています。エネルギーアクセスの欠如は、教育機会の損失(夜間の学習不可)、健康被害(室内空気汚染)、女性や子供の重労働(燃料収集)、経済活動の制約(電力不足による生産性低下)など、様々な問題を引き起こしています。
同時に、この課題は企業にとって新たなビジネス機会でもあります。未電化・電力供給が不安定な地域におけるエネルギーソリューションの提供は、社会課題解決と経済的リターンを両立させる可能性を秘めています。本稿では、エネルギーアクセスに関する世界の最新動向と課題、そこから生まれる企業機会、そして日本企業がこの分野でどのように貢献し、戦略を構築できるかについて専門的な視点から解説いたします。
世界のエネルギーアクセスに関する課題と最新動向
エネルギーアクセスの課題は、地理的、経済的、社会的な要因が複雑に絡み合っています。未電化地域では、大規模な電力網の整備はコストが高く、地形的な制約や人口密度の低さから困難な場合があります。また、たとえ電力網があっても、供給が不安定であったり、料金が貧困層にとって負担が大きい場合もあります。クリーン調理燃料に関しても、インフラ不足や代替燃料・機器の高価格が普及を妨げています。
近年の世界の動向として注目されるのは、分散型再生可能エネルギー技術、特に太陽光発電と蓄電池システム、そしてデジタル技術(モバイル決済、IoTなど)の組み合わせによるオフグリッド・ソリューションの急速な発展です。
- オフグリッド・ソリューションの台頭: 大規模電力網に接続されていない地域において、家庭用ソーラーシステム(SHS: Solar Home System)や、複数世帯・施設に供給するマイクログリッドといった分散型電源が普及しています。これにより、これまでエネルギーアクセスが困難であった遠隔地や農村部でも、比較的迅速かつ安価に電力を供給できるようになりました。
- 革新的なビジネスモデル: モバイルマネーを活用した「ペイアスユーゴー(Pay-As-You-Go)」モデルは、初期投資能力が低いユーザーでも、携帯電話のクレジットチャージのように少量ずつ支払うことで太陽光発電システムを利用可能にするもので、アフリカなどで大きく普及しています。
- 国際的な枠組みと資金動員: 国連の「持続可能な開発のためのすべての人のためのエネルギー(SE4ALL)」イニシアチブや、世界銀行、地域開発銀行、グリーン気候基金(GCF)などが、技術開発、資金調達、政策支援を通じてエネルギーアクセス改善を推進しています。インパクト投資家もこの分野に注目し、資金流入が増加しています。
- クリーン調理燃料へのシフト: LPガス、バイオエタノール、電気調理器、改良型かまどなど、よりクリーンで効率的な調理方法への転換に向けた取り組みも進められています。ただし、燃料供給インフラやコスト、文化的な調理習慣などが課題となっています。
これらの動向は、エネルギーアクセス問題の解決に向けた希望を示す一方で、持続可能なビジネスとして確立するための課題(メンテナンス、部品供給、人材育成、規制環境整備など)も依然として存在します。
企業にとっての機会:社会課題解決と事業創出の両立
エネルギーアクセス課題への取り組みは、企業にとって単なるCSR活動に留まらず、大きなビジネス機会となり得ます。
- 新規市場への参入: 未電化地域は、まだエネルギーサービスが行き届いていないブルーオーシャン市場です。分散型電源、エネルギー効率化製品、クリーン調理機器などのニーズは高く、現地の所得水準やニーズに合わせた製品・サービスを提供できれば、新たな収益源を確立できます。
- 技術・製品開発とイノベーション: 低コストで耐久性の高いオフグリッドシステム、エネルギー効率の高い家電、スマートメーター、遠隔監視システム、モバイル決済プラットフォームなど、エネルギーアクセス改善に資する技術や製品の開発・改良は継続的な機会を提供します。
- サービス提供モデルの多様化: 製品販売だけでなく、リース、サービスとしてのエネルギー供給(Energy-as-a-Service)、マイクログリッド運営、保守メンテナンスサービスなど、多様なビジネスモデルを展開できます。特にサブスクリプション型のサービスは、初期費用のハードルを下げ、安定的な収益につながる可能性があります。
- サプライチェーンのレジリエンス強化: 自社の事業活動やサプライチェーンにおけるエネルギー利用の効率化や再生可能エネルギーへの転換は、コスト削減だけでなく、エネルギー価格変動リスクへの対応力や事業継続性の向上に貢献します。また、進出先のコミュニティのエネルギーアクセスを改善することは、労働力確保やサプライヤー育成といった間接的なメリットにもつながります。
- 企業価値の向上とブランディング: SDGs目標7への貢献は、企業のサステナビリティに関する取り組みを強化し、ESG評価の向上、投資家からの評価向上、優秀な人材の獲得・定着、ブランドイメージ向上に寄与します。社会課題解決に取り組む企業姿勢は、消費者や若年層からの支持を得やすくなります。
日本の現状と企業が直面する課題
日本は、高い技術力(再生可能エネルギー、蓄電池、送配電、省エネなど)と、インフラ整備に関する豊富な経験を持っています。これまでも、政府開発援助(ODA)や国際協力機構(JICA)などを通じて、開発途上国における大型インフラ整備に貢献してきました。また、国内でも、離島や遠隔地におけるマイクログリッド導入や、災害時の非常用電源としての分散型エネルギーシステムの活用が進められています。
しかし、エネルギーアクセス課題への取り組みという観点では、日本企業はいくつかの課題に直面しています。
- ビジネスモデルの転換: 従来の大型発電所や送配電網といった集中型インフラ輸出モデルから、小型・分散型のオフグリッドやマイクログリッドといったソリューション提供へのビジネスモデル転換が求められています。これには、製品そのものだけでなく、現地のニーズに合わせた販売・サービス網、メンテナンス体制、ファイナンス手法などをゼロから構築する困難が伴います。
- リスク評価と管理: 進出先国のカントリーリスク(政治情勢、為替変動)、事業リスク(回収リスク、技術トラブル)、社会リスク(地域コミュニティとの関係)などを適切に評価し、リスクを低減する戦略が必要です。
- 現地ニーズへの深い理解: 開発途上国のエネルギー需要は多様であり、現地の所得水準、地理的条件、文化、規制環境などを深く理解し、それに合わせたソリューションを提供することが不可欠です。日本の技術をそのまま持ち込むだけでは成功しません。
- ファイナンスの課題: 低所得者層向けのサービス提供では、初期費用や運用コストを抑える工夫が必要であり、開発金融機関、インパクト投資家、マイクロファイナンス機関など、多様な資金源や金融手法との連携が重要になります。
- 人材育成: 現地での事業を運営し、技術を維持・管理できる人材の育成が不可欠です。
日本企業が取るべき戦略
エネルギーアクセス課題への貢献と、ビジネス機会の獲得を両立させるために、日本企業は以下の戦略を検討すべきです。
- 市場とニーズの徹底的な分析: ターゲットとする地域・国のエネルギー需給バランス、電化率、所得水準、地理的条件、既存インフラ、規制環境、競合状況などを詳細に調査し、現地のニーズに合致した製品・サービス、ビジネスモデルを設計します。
- 技術とサービスの現地適応: 日本が持つ再生可能エネルギー、蓄電池、省エネ、スマートグリッドなどの技術を、現地の環境やニーズに合わせて最適化します。シンプルで堅牢、メンテナンスしやすい製品設計や、遠隔監視・保守サービスといったデジタル技術の活用も重要です。
- 革新的なビジネスモデルの採用と構築: 製品販売だけでなく、ペイアスユーゴーモデル、リースモデル、マイクログリッド運営事業など、現地の支払い能力やインフラ状況に適したサービス提供モデルを検討・構築します。モバイル決済システムやクラウドプラットフォームの活用が鍵となります。
- 多様なパートナーシップの構築: 現地の信頼できる企業、地域コミュニティ、NGO、大学、政府機関、そして開発金融機関や国際機関など、多様な主体と連携することで、事業の実現可能性を高め、リスクを分散し、社会的な受容性を獲得します。
- 開発金融機関や公的支援の活用: JICA、JBIC、NEXIといった日本の公的機関や、世界銀行、ADBなどの多国間開発金融機関、GCFなどが提供する資金、保証、技術協力プログラムなどを積極的に活用し、事業立ち上げやリスク低減を図ります。
- SDGsへの貢献の見える化とレポーティング: 事業を通じてエネルギーアクセスが改善された人数、CO2排出削減量、経済効果(雇用創出、所得向上)など、SDGs目標7への貢献を定量・定性的に評価し、統合報告書などで積極的に開示します。これは、ステークホルダーからの信頼獲得や、新たなビジネス機会につながります。
まとめ:社会課題解決を通じた持続可能な成長へ
SDGs目標7が示すエネルギーアクセス課題は、依然として多くの人々の生活を制約しています。しかし、技術革新とビジネスモデルの多様化により、この課題解決に向けた道筋が見え始めています。
日本企業が持つ優れた技術力、プロジェクト遂行能力、そして誠実さは、エネルギーアクセス改善において大きな力を発揮する可能性があります。従来のインフラ輸出の枠を超え、分散型エネルギーシステムや革新的なサービス提供モデルを取り入れ、現地のニーズに深く根差した事業を展開することで、社会課題解決と持続可能な事業成長を同時に実現することが期待されます。
エネルギーアクセスへの貢献は、SDGs目標7だけでなく、貧困(目標1)、飢餓(目標2)、健康(目標3)、教育(目標4)、ジェンダー平等(目標5)、クリーンな水(目標6)、気候変動対策(目標13)など、他の多くの目標達成にも波及効果をもたらします。企業がこの領域で積極的に活動することは、単なるビジネス戦略を超え、グローバルな持続可能性に貢献する重要な一歩となります。多様なステークホルダーとの連携を深め、長期的な視点で取り組むことが、成功の鍵となるでしょう。