ディープSDGs:世界の潮流と日本の現実

持続可能なフードシステムの国際潮流と日本企業の戦略:気候変動、資源枯渇、食料安全保障への統合的アプローチ

Tags: 持続可能なフードシステム, 食料安全保障, 気候変動, アグリテック, フードロス, みどりの食料システム戦略, SDGs

はじめに:SDGs達成の鍵を握る「持続可能なフードシステム」

世界の食料生産・消費システム、すなわち「フードシステム」は、気候変動、生物多様性の損失、資源の枯渇、貧困、健康問題など、地球規模の課題と深く結びついています。同時に、世界人口の増加や新興国の経済発展に伴い、食料需要は増大の一途をたどっています。これらの複雑な課題に対処し、将来世代にわたって食料を安定供給するためには、フードシステム全体を持続可能なものへと変革することが不可欠です。

持続可能なフードシステムの構築は、SDGsの目標2(飢餓をゼロに)だけでなく、目標1(貧困)、目標6(安全な水)、目標7(エネルギー)、目標8(経済成長)、目標12(責任ある消費・生産)、目標13(気候変動)、目標14(海洋)、目標15(陸上生態系)、目標17(パートナーシップ)など、多くの目標達成に貢献する横断的なテーマです。

企業のSDGs推進担当者にとって、フードシステムは食品関連企業だけでなく、農業資材、肥料、種子、加工・流通、小売、外食、金融、ITなど、幅広い産業に関わる重要な戦略課題です。本稿では、持続可能なフードシステムを巡る世界の最新動向と、日本が直面する固有の課題、そして企業が取るべき戦略的アプローチについて詳細に解説します。

世界の持続可能なフードシステムを巡る主要な潮流

世界のフードシステムは、気候変動の深刻化や資源制約の高まりを受け、急速に変革の圧力を受けています。主要な潮流として以下の点が挙げられます。

1. 国際的な枠組みと目標設定の強化

2021年に開催された国連食料システムサミットは、持続可能なフードシステムへの移行を加速するための重要な契機となりました。各国の取り組み強化やステークホルダー間の連携促進が呼びかけられています。また、気候変動に関するパリ協定や生物多様性枠組(ポスト2020目標)においても、農業や食料分野の役割がより明確に位置づけられています。

2. 政策・規制の進展とグリーン化

欧州連合(EU)の「Farm to Fork Strategy」に代表されるように、主要地域ではフードシステムの持続可能性を高めるための包括的な政策が打ち出されています。化学農薬・肥料の使用量削減、有機農業の推進、動物福祉の向上、食品表示の厳格化、フードロス削減目標設定などが進められています。これらの政策は、グローバルなサプライチェーンを持つ企業にとって、新たなコンプライアンスリスクやビジネス機会を生み出しています。

3. サステナブルファイナンスの拡大と投融資基準の変化

金融機関による投融資判断において、フードシステムの持続可能性に関する評価が重視されるようになっています。環境・社会・ガバナンス(ESG)評価において、土地利用転換による森林破壊、過度な水利用、労働者の権利侵害などがリスク要因として認識され、持続可能な農業やアグリテック、代替プロテインなどへの投資が拡大しています。

4. テクノロジー革新(フードテック・アグリテック)の加速

精密農業、スマート農業、植物工場、代替プロテイン(植物由来、培養肉)、フードロス削減技術、ブロックチェーンを活用したトレーサビリティシステムなど、様々な技術革新がフードシステムの効率化、環境負荷低減、レジリエンス強化に貢献しています。これらの技術は、新たなビジネスモデル創出や既存事業の変革の可能性を秘めています。

5. 消費者の意識変化と市場動向

環境・健康志向の高まり、動物福祉への関心、倫理的な消費への意識などが、消費者の購買行動に影響を与えています。オーガニック食品、フェアトレード認証食品、植物由来代替食品などの市場が拡大し、企業には透明性のある情報開示やサステナブルな製品・サービスの提供が強く求められています。

日本のフードシステムが直面する課題と現状

グローバルな潮流に対し、日本のフードシステムは以下のような固有の課題に直面しています。

1. 構造的な課題:高齢化、耕作放棄地、小規模経営

農業従事者の高齢化と後継者不足は深刻であり、耕作放棄地の増加につながっています。農業経営体の約9割が家族経営の小規模経営であり、技術導入や規模拡大による生産性向上、リスク分散が難しい現状があります。

2. 環境負荷:化学肥料・農薬の使用、食品ロス

化学肥料・農薬の使用量が多いことによる環境負荷や、畜産分野における温室効果ガス排出などが課題です。また、年間約523万トン(2021年度推計)発生している食品ロスは、資源の無駄遣いであるだけでなく、処理にかかる環境負荷や経済的損失も大きい問題です。

3. 食料安全保障とサプライチェーンの脆弱性

食料自給率はカロリーベースで38%(2022年度)と低迷しており、多くの食料や農業生産を海外からの輸入に依存しています。国際情勢の変化や異常気象などによるサプライチェーンの寸断リスクは、食料安全保障上の大きな懸念事項となっています。

4. 政策動向:「みどりの食料システム戦略」と企業連携

日本政府は、2050年までに化学農薬の使用量50%減、化学肥料の使用量30%減、耕地面積に占める有機農業の割合25%(100万ha)への拡大などを目指す「みどりの食料システム戦略」を推進しています。これは、生産から消費までのフードシステム全体で環境負荷低減と生産性向上を両立させようとする試みであり、企業にはサプライヤー支援や技術開発、新たなビジネスモデル創出など、多様な連携と貢献が期待されています。

日本企業が取るべき戦略的アプローチ

グローバルな動向と国内の課題を踏まえ、日本企業は持続可能なフードシステムへの移行を経営戦略の中核に据える必要があります。具体的なアプローチとしては以下の点が考えられます。

1. サプライチェーン全体の可視化とリスク・機会評価

自社の事業がフードシステムのどの部分に関わっているかを特定し、サプライチェーン全体(上流の農業生産から下流の消費・廃棄まで)における環境・社会リスク(水資源利用、労働環境、生物多様性影響など)やビジネス機会(省資源化、新製品開発など)を評価します。トレーサビリティ技術の導入などが有効です。

2. 持続可能な調達方針の策定と実行

原材料の調達において、森林破壊に関与しない、人権侵害のない、環境負荷の少ない方法で生産されたものであることを確認・保証する仕組みを構築します。第三者認証の活用や、サプライヤーへのエンゲージメントを通じて、持続可能な生産への移行を支援することも重要です。

3. フードロス・フードウェイストの削減

製造・加工段階、流通段階、小売段階、外食段階、消費者段階の各段階で発生するフードロス・フードウェイストの量とその要因を把握し、削減目標を設定します。AIを活用した需要予測による過剰生産・発注の抑制、規格外品の活用、未利用資源のアップサイクル、食品リサイクル技術の導入などが有効な対策となります。

4. 新たなビジネスモデルの創出

環境負荷の低い代替プロテイン製品(植物肉、培養肉など)の開発・販売、アグリテックを活用した生産者支援事業、地域資源を活用した循環型ビジネス、スマート流通システムの構築など、持続可能性を競争力とする新たな事業領域に積極的に投資・参入します。

5. 情報開示と消費者・ステークホルダーとの対話

製品のライフサイクルにおける環境負荷や社会的な配慮に関する情報を、トレーサビリティ情報と合わせて透明性高く開示します。消費者に対して持続可能な選択を促すための情報提供や啓発活動を行います。また、生産者、NPO、研究機関、自治体など、多様なステークホルダーとの連携を通じて、システム全体の課題解決に取り組みます。

展望:レジリエントで持続可能なフードシステムを目指して

持続可能なフードシステムへの移行は容易な道のりではありませんが、気候変動の脅威や資源制約が現実となる中で、避けては通れない喫緊の課題です。この変革を単なるコストと捉えるのではなく、リスクを低減し、企業価値を高め、新たな市場を開拓する機会と捉えることが重要です。

日本企業が、長年培ってきた技術力や品質管理能力、地域社会との連携を生かし、世界の潮流を取り入れながら、日本独自の課題解決に向けた革新的なアプローチを推進することで、アジアや世界のフードシステム変革においてもリーダーシップを発揮できる可能性があります。多角的な視点と長期的な視野を持ち、ステークホルダーと協働しながら、レジリエントで持続可能なフードシステムの実現に貢献していくことが求められています。


参考文献・関連情報 - 農林水産省: みどりの食料システム戦略 - 環境省: 食品ロスの現状 - 国連食料システムサミット - OECD: Food security and sustainable agriculture - EU: From Farm to Fork Strategy

(注: 本稿は公開情報を基に執筆しており、特定の企業や個人の取り組みを推奨・批判するものではありません。最新の規制や市場動向については、適宜専門機関にご確認ください。)